
創業1950年。岡山で歴史を刻んできた老舗町工場が、いかにして「完全アナログ」から脱却し、全国で評価されるDX先進企業へと生まれ変わったのか。
紙伝票の山、属人化した職人技、手書きの仕訳業務……。かつてデジタルとは無縁だった株式会社精密スプリング製作所は、「5年後に倍増」という高い目標を掲げ、社内の激しいハレーションや数々の失敗を乗り越えながら、泥臭く業務改革を進めてまいりました。
営業の効率化、現場の手順書動画化、バックオフィスの完全自動化、そして「全国ワークスタイル変革大賞」を受賞するまでに至った軌跡。伝統の技術(精密メソッド)と最先端のデジタルを融合させ、社員一人ひとりが生き生きと働く「これからの製造業の姿」を綴った、私たちの変革ストーリーをぜひご覧ください。
目次
創業1950年の老舗町工場が抱えていたDX以前の課題|紙・Excel・属人化


岡山県岡山市。昭和25(1950)年の創業以来、私たち株式会社精密スプリング製作所は、ものづくりの街で愚直に「技術・信頼・努力」の理念を掲げ、精度の高い製品を作り続けてまいりました。
農業機械用のスプリング製造から始まった当社の歩みは、職人たちの手作業と巧みな技術に支えられ、やがて自動車、建設機械へと領域を拡大。スプリング製造で培った高度な線材(シャフト・パイプ)の三次元曲げ加工技術を応用し、大型溶接缶品をロボットとポジショナーを活用して量産する高度な技術へと事業の幅を広げてきたのです。
本社工場、溶接拠点である西大寺工場、そして物流を担う江並工場という3拠点・約100名の体制で、良い製品を短時間で大量に作り届ける。取引先から数々の表彰をいただく技術力と自社での治工具制作力が、私たちの誇りでした。
そのため、それまでの経営投資のほぼすべては最新の「生産設備」へと集中されており、デジタルツールとはおよそ無縁の世界で日々の業務を行っていました。現社長が20年ほど前に情熱を注いで構築した自社の生産販売管理システムに自信を持っていたこともあり、現場には「自社用にカスタマイズした紙とExcelによる管理が一番最適だ」という強い固定観念が根付いていたのです。
しかし、歴史を重ねてきたからこそ生じる「陰影」もありました。
現場を見渡せば、手書きの伝票が飛び交うのが当たり前。総務部では仕訳作業をすべて手書きで行い、会計ソフトへ手入力。請求書も紙で受け取り、Excelへ手転記してから振替伝票を発行するという気の遠くなるような作業を繰り返していました。
営業部では、顧客情報や過去の商談履歴が各営業担当の頭の中や個人のメモ、Excelの中に閉じ込められて属人化。紙の見積書を回覧し、記録を探すために書庫へ走る毎日でした。
さらに、顧客からの問い合わせに対して製造現場へ製作可否や加工上の問題点を問い合わせる際も、各担当者が思い思いのフォーマットで連絡していたため、必要な情報の記載漏れや手戻りが頻発。1つの案件の製作検討を終えるまでに、最長で「1週間」もの時間がかかることも珍しくありませんでした。
「職人の勘と経験」に頼る業務体制は、長年の強みであると同時に、これ以上の成長を阻む透明な「限界の壁」となって立ちふさがっていたのです。
売上倍増を目指して製造業DXへ|社内改革で直面した現場の反発
変革の大きな引き金となったのは、経営陣から提示された一筋の光、書籍やセミナーではない実社会での挑戦的な経営計画でした。
「5年後に売上倍増を達成する」
現在の売上規模から一気に倍増を目指すという、まさに飛躍的な中期経営計画。このビジョンを耳にしたとき、現場には大戸惑いが起こりました。「これまで通りのやり方を続けていては、絶対にこの目標には届かない」
客観的に自社を見つめ直したとき、私たちに致命的に欠けていたのは「情報の一元化」「業務プロセスの標準化」、そして「データに基づいた迅速な意思決定」でした。アジア圏での人件費高騰や円安による国内回帰、電気自動車(EV)シフトといった激しい市場変化に対応し、倍増する業務量に耐えうる強靭な組織基盤を構築するためには、DX(デジタルトランスフォーメーション)による業務の仕組み化こそが不可欠な土台になると確信したのです。
しかし、理想に向かって一歩を踏み出した私たちを待ち受けていたのは、現場からの想像を超える強い拒絶とハレーションでした。
・「この新しいツール、使いこなせるようになるまで残業代は出るんですか?」
・「結局『デジタル化しました』っていう上層部の実績作りでしょ? 現場は何も変わらない気がする。」
・「私の長年の勘と経験がに勝るものはない!」
・「厄介事が増えただけじゃないですか。」
現場を守り続けてきたベテラン社員ほど、これまでのやり方への自負があり、未知のデジタルへの不安を抱いていました。業務を効率化するための改革が、一時は社内の心理的分断を生み出しかねない危機に直面したのです。
DX推進で最初に直面した失敗|ツール導入だけでは現場は変わらない
実は、私たちのDXは最初から順風満帆だったわけではありません。むしろ、手痛い「失敗」からスタートしました。
最初に挑戦したのは、現場向けのクラウド型動画作業手順書(Teachme Biz)の導入でした。スマートフォンでQRコードを読み込めば、動画で直感的に手順が確認できる画期的なシステムで、紙のマニュアルをなくせるはずでした。
しかし、現場からは『従来の手順書の方が見慣れている』『このシステムを活用して本当に効果を得られるのか?』と反発の声が相次ぎ、思うように定着しませんでした。
当時の私たちは、成功体験がないまま「ツールを入れれば現場が変わるはずだ」という導入ありきの考えに陥っていたのです。日常業務が変わることへの抵抗感を無視してツールを押し付けても、組織は動かない——。この苦い敗北が、私たちの姿勢を根本から変える大きな転換点となりました。
DX人材育成とSlack導入|社員主体で進めたデジタル化


失敗を経た私たちが次に取り組んだのは、従業員一人ひとりのITリテラシーとマインドセットを向上させることでした。
全社をドライブする13名の『DX学校』受講
各部署を牽引するリーダー層や若手社員13名を対象に『DX学校』を開講。Google Workspaceなどのクラウドツールを座学で学ぶだけでなく、スプレッドシートやスライドを使った共同作業、フォーム機能を活用したデータ収集、さらにはノーコードツールを用いた簡易アプリの自作まで、実際に手を動かして体験しました。
「自分たちの手で、業務を変えるツールが作れるんだ!」 この体験が社内に渦巻いていた苦手意識を吹き飛ばし、「自分たちもやってみたい」「日常の困りごとを効率化したい」という主体的な意欲へと変化していったのです。
2週間で旧チャットツールから新チャットツール『Slack』への移行?!
マインドが高まったタイミングで、新たな社内コミュニケーション基盤として「Slack」の全社導入に踏み切りました。 DX推進責任者でありプロジェクトマネージャーの濱田(現・常務)は、旧チャットツールからの移行期間を「2週間」と宣言。あまりの短さに「絶対に無理だ」と周囲が焦る中、濱田は自らと社員たちを先導。
旧チャットツールに書き込みを見つけるや否や即座に軌道修正を行い、Slackへの一本化を徹底。その結果、予定の2週間を大きく上回り、わずか1週間で旧ツールからの完全移行を達成したのです。
先輩企業の知恵をいただく!「DM撲滅」と「DMチャンネル」
Slack導入後、次なる壁となったのは「個人間ダイレクトメッセージ(DM)」の多用でした。DMの中に閉じた会話は社内の共有ナレッジにならず、将来的なAI要約の対象にもならないからです。
そこで私たちは、Salesforceのユーザーイベントで出会った先進企業からのアドバイスを即座に実践。どこに投稿すればいいか迷ったときの駆け込み寺として、誰でも何でも書いて良いオープンな「DMチャンネル」を開設しました。 さらに、DMの利用率状況を定期的に全社へ配信してオープンなチャンネル利用を促した結果、全社会話の10%を超えていたDM利用率は「5%程度」まで激減しました。
「asobiチャンネル」でコミュニケーションをPOPに
さらに、社内コミュニケーションの心理的ハードルを下げるため、あえて仕事に関係のない話題を投稿する「asobi(遊び)チャンネル」を開設。 LINE感覚でオリジナルスタンプや絵文字を交えたオープンなやり取りが全世代に浸透し、お互いにスタンプ1つで「了解!」「ありがとう!」と手軽にレスポンスできる温かい文化が醸成されました。
当社では「原則として口頭のみの報告を禁止」とし、すべての気づきや異常報告をSlack上に投稿することで、貴重な現場のノウハウが自然と蓄積される仕組みを完成させたのです。
製造業DXの成果|営業・総務・製造で実現した業務効率化
現場の意識が変わると、業務効率化の波は営業、総務、製造の全社へ一気に広がっていきました。
営業部の革新:顧客接点100倍、問い合わせ5倍への躍進

顧客接点 :+100倍
問合せ件数:+5倍
・SalesforceとMA(Account Engagement)の連携:属人化していた名刺情報や過去の顧客データをすべてデジタル化。「人とクルマのテクノロジー展」などの大型展示会へ積極出展して獲得した数千人分の顧客データに対し、マーケティングオートメーションを活用して技術情報やPRを一斉配信。メールの開封状況や資料閲覧状況を自動スコアリングし、関心の高いお客様へピンポイントでアプローチする営業手法へ転換しました。結果、休眠顧客の掘り起こしに成功し、顧客との接点は100倍以上、問い合わせ件数は5倍以上に急増しました。
☆今後の取り組み
・「見積もり一括依頼システム※構築中」で年間770時間削減見込み:営業マンの貴重な時間を奪っていたExcelでのグラフ作成や見積もり作業を自動化を予定。協力会社(サプライヤー)や社内製造部門の得意工法をマスター登録し、ボタン1つで一斉見積もり依頼が完了する仕組みを構築予定です。工数が1/5以下に縮小するだけでなく、見積回答が「一つのデジタル箱」に集約可能なことで探す手間も解消。営業アシスタントでも見積依頼が対応可能となり、年間770時間の事務作業削減を見込んでいます。
総務部の革新:手書き伝票の廃止とリモートワークの実現

作業時間:▲387時間/年
仕訳作業の手書き・手入力、郵送された紙請求書の手転記といったアナログ業務を「freee」およびインターネットバンキング(IB)とのAPI連携により全面自動化。振替伝票を全廃し、通常仕訳の自動登録によって仕訳ミスをゼロにしました。工程数を7工程から2工程へ劇的に削減(作業時間▲387時間/年、ペーパーレス840枚/年)したことで、総務部内から1名のリモートワーク実現という製造業としては画期的な働き方を手に入れました。
製造現場の革新:手順書の動画化と残業時間30%削減

新人教育工数:▲50%
残業時間 :▲30%
一度失敗した作業手順書の電子化も、高まったITリテラシーのもとで再挑戦。写真や動画を活用した直感的なマニュアルを簡単に作成・管理できる体制を整え、作業指示書に添付されたQRコードをスマホで読み込めば、誰でもその場で正確な作業手順を確認できるようになりました。熟練者の技術が標準化されたことで新人教育工数は約50%削減され、退職者が発生した厳しい状況下でも平均残業時間を30%削減に成功したのです。
全社会議の効率化とAIの日常使い

拠点間移動時間:▲240時間
本社工場と西大寺工場間(車で往復約40分)の対面移動を、Slackの「ハドルミーティング」へ移行。年間240時間もの拠点間移動時間を削減しました。ハドルミーティングでの発言はAIがリアルタイムで文字起こしし、要約と「誰がいつまでに何をするか」というタスクを自動抽出するため、Wordへの議事録打ち込み作業は完全に「ゼロ」に。さらに「Slack AI」による検索やチャンネル要約を活用することで、過去のやり取りから知りたい情報を一瞬で引き出せる環境を構築しました。
全国ワークスタイル変革大賞を受賞|製造業DXの取り組みが全国で評価

手探りで進めてきた私たちの泥臭い挑戦は、現場の業務効率化にとどまらず、第三者機関や全国のメディア・コンテストからも大きな注目を集めることとなりました。
中小企業庁、総務省、デジタル庁などが後援する国内最大級のワークスタイルコンテスト「全国ワークスタイル変革大賞2024」において、当社の取り組みが高く評価されたのです。
・「全国ワークスタイル変革大賞2024」※発表者:濱田 洋輔
中四国ブロック【最優秀賞】受賞
・「全国ワークスタイル変革大賞2024」※発表者:濱田 洋輔
全国大会 企業部門【セールスフォースジャパン賞】受賞
地方のアナログな老舗町工場が、わずか1〜2年でデジタルを活用し、社員の働き方を劇的に進化させたストーリーは、審査員や多くの参加企業に大きな反響を与えました。
この受賞の快挙は、社内に計り知れない誇りと確信をもたらしました。
かつて「現場は何も変わらない」「厄介事が増えた」と戸惑っていた社員たちが、全国の舞台で称賛されたことで「自分たちの歩んできた道は間違っていなかった」「自分たちの会社は全国に誇れる働き方を実現しているんだ」という強い当事者意識を持つようになったのです。
受賞をきっかけに社内の変革スピードはさらに加速。他部門の情報発信に関心を持つ社員の割合は「20%から95%」へ跳ね上がり、部門を超えた仕事の完了スピードは「50%短縮」、営業メンバーの目標達成へのモチベーションは高まりました。
全国での栄誉は、単なる表彰ではなく、全社員の「自信」と「組織の一体感」を爆発させる何よりのトリガーとなったのです。
「精密メソッド×DX」で描く未来|岡山から製造業DXを広げる

私たちの挑戦は、まだ終わりではありません。
現在は、Slackをすべての社内システムのユーザーインターフェース(UI)として統合し、Salesforceの操作やスケジューリング、通知確認をすべてSlack上で完結させる高度な連携を進めています。蓄積された膨大なデータを活用してリアルタイム原価管理や需要予測を行い、さらなる付加価値を創造する「未来を創る企業」へのステップを駆け上がっています。
この変革を通じて、私たちが得た最も重要な教訓。それは、「DXの本質とは、単なるシステムの導入ではなく、テクノロジーによって『人と人』を繋ぎ直し、社員がより柔軟で創造的に働ける環境を整えること」でした。
培ってきた伝統の職人技と情熱(精密メソッド)に、最先端のデジタルを融合させる。それによって、不必要な雑務から解放された社員が、より高い付加価値を生み出す仕事に情熱を注ぐ。
私たちが自社で実証したこの働き方改革のモデルケースを地域企業へと広げ、「岡山県で一番愛される会社」を目指すとともに、地域社会と日本の製造業全体を足元から熱く盛り上げてまいります。
ぜひ、私たちと共に未来へ向けた一歩を踏み出しましょう。